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名古屋高等裁判所 昭和23年(ネ)40号 判決

控訴人

高須きみ子

被控訴人

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴の趣旨

原判決を取消す。被控訴人の本件仮処分異議申立はこれを却下する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

当事者双方の事実上の主張は被控訴代理人において「本件池沼の買收は、曩に政府が自作農創設特別措置法によつて買收した依佐美村字小垣江の農地田二十五町九反余畑一反余の利用上必要な農業用施設として、右農地について自作農となるべき者淸水菊右衞門外百二十三名の事情に基き、同法第十五條に從い、同村農地委員会の買收計画によつてなされたもので、控訴人はその買收計画に対し異議の申立をしたが却下せられ、更に県農地委員会に訴願を提起したがこれまた申立相立たずという裁決をうけ、これに対し取消変更を求める訴訟を提起することなくして出訴期間を徒過したのであるから、もはや、右買收計画を爭い得ないことになつたのである。しかして右買收計画は正規の手続によつて愛知県農地委員会の承認を経、これに基いて愛知県知事が買收令書を発したもので、同知事の行つた本件買收処分も何等無効または取消さるべき瑕疵はない。そもそも行政処分は公権力の行使であつて、適法性の推定を受け、これに基く自力強行権を有し、特別な規定ある場合の外裁判所は本案終結前にその執行を停止する仮処分をなし得ない。これは自作農創設特別措置法第四十七條の二第二項がこれを制限しているのであるし、また自作農創設事業が刻下の急務であつて遷延をゆるさない性質のものであるということからもいいえられることである。從つて原裁判所が本件仮処分を取消したのは正当である」と述べた外原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用すると述べた。(疏明省略)

理由

控訴人主張の本件土地(池沼)につき愛知県碧海郡依佐美村農地委員会が自作農創設特別措置法第十五條に基いて買收計画をなし、控訴人がこれに対し異議の申立をなしたところ、却下せられたので、更に愛知農県地委員会に訴願の申立をしたが、昭和二十二年六月四日再び却下せられ、愛知県知事は同年七月二日附で右買收計画に基き控訴人に対し本件池沼を五千二百八十一円で買收する旨の令書を発し、該令書が同年八月二日控訴人に到達したこと、控訴人がこれに対し右買收を無効とし国を相手取り名古屋地方裁判所に本件池沼買收無効確認の訴を提起したこと及び被控訴人が昭和二十二年八月二十五日控訴人に対し本件池沼の引渡を求めたことは当事者間に爭なく、控訴人が右訴による権利保全のため同裁判所に仮処分の申請をし同裁判所が同年九月四日右土地に対する被控訴人の占有を解き控訴人の委任する執行吏に引渡す旨並びに該土地につき売買譲渡の処分及び竹簀撤去等の行為を禁止する等の仮処分決定をしたことは記録上明らかである。

よつてまず本件仮処分の適否について審究してみるに、自作農創設特別措置法第四十七條の二第二項は(昭和二十二年十二月十六日施行)この法律による行政庁の違法処分の取消又は変更を求める訴の提起がその行政庁の処分の執行を停止しない旨を規定しているが、これは行政処分の本質上当然の事がらを注意的に規定したのであつて、これあるがために右法律に基く行政訴訟に仮処分が禁ぜられることとはならない。のみならず本件仮処分は右法律施行以前の案件にかゝるので当時にあつてはこの問題の解決の手がかりとなる法規は日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律(昭和二十二年四月九日法律第七十五号)のみである、その第八條に、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴の出訴期間を定めているところから見て、かゝる行政訴訟については一般に民事訴訟法の規定が適用せられる趣旨がうかがわれ、從つて仮処分の規定も適用があるように解せられる。ところで昭和二十三年七月一日行政事件訴訟特例法が公布せられ、同年七月十五日からこれが施行せられることになつたのであるが、その第十條第一項に一般に行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴の提起は処分の執行を停止しない旨、同第二項に右の訴の提起があつた場合、処分の執行によつて償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認めるときには、裁判所は申立又は職権によつて処分の執行の停止を命ずることができる旨を規定しその末項に行政庁の処分については仮処分に関する民事訴訟法の規定はこれを適用しないと定めているので、同法施行以後においては右の訴については、仮処分ができないことになるのみならず、同法附則において、この法律はこの法律施行前に生じた事項にもこれを適用すると規定せられているから從前なされた仮処分はこれによつて不適法となるわけである。從つて自作農創設特別措置法に基く行政庁の違法処分の取消変更の訴についての仮処分の問題も同法に他の特別規定がないからこれによつて解決せられることになるのである。

さて本件の訴は愛知県知事のなした買收の無効確認を求めるというのであつてその本質は右知事のなした買收処分の違法無効を原因として本件池沼に対する控訴人の所有権存在の確認を求める訴と解すべきで、直接知事買收処分の取消変更を求める訴ではないが、国を相手方として、行政庁の処分の効力を爭う訴である点からみて、行政事件訴訟特例法第一條にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟であつて、その本質から見て仮処分の関係においては行政処分の取消または変更を求める訴と別異に解すべき理由はないからこの場合にも行政事件訴訟特例法第十條の準用があるものとするのが相当である。從つて前記附則の規定によつて本件仮処分はもはや違法となつたものというべきであるから原裁判所が本件仮処分を取消し控訴人の申請を却下したのは結局正当であつて控訴はその理由がない。よつて本件控訴を棄却すべきものと認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して主文のとおり判決する。

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